(84005)PCBsりたあ量重肪脂g/gμ度濃愛媛大学沿岸環境科学研究センター 野見山 桂 人類はこれまで、1億5000万種類をこえる膨大な数の化学物質を作りだしてきました。それらは洗剤などの工業製品や医薬品として、便利で快適な人間生活に大きく貢献してきましたが、一部の化学物質は無秩序に大量使用され、地球規模の環境汚染を引きおこしました。これらの化学物質の最終到達点は海洋であり、海は化学物質の貯蔵庫(シンク)として生息する多様な海洋生物を汚染しました。それにともない、欧米を中心に過去半世紀の間にイルカやアザラシがウィルス感染によって、また原因不明の集団座礁によって大量に死亡する事件が頻発しました。こうした大量変死にいたる理由がすべて明らかになったわけではないですが、有害物質の蓄積が何らかの原因であると考える研究者は多いです。海洋を汚染した化学物質の中でも、残留性有機汚染物質(persistent organic pollutants: POPs)に含まれる汚染物質群は、体内へ容易に取りこまれて長期間体内にとどまり、かつ微量でも強い毒性を示す物質として世界的に生産・使用が禁止されました。POPsによる環境汚染の特徴は長距離移動によって地球全体に拡大することにあり、その化学物質を生産・使用した地域だけでなく、長距離輸送により遠隔地で汚染と影響が顕在化することにあります。かつてこれら化学物質の生産と利用は先進工業国に集中したため、北半球中緯度域で高濃度汚染が認められました。ところが先進諸国における規制の強化と新興国や途上国における産業活動の拡大に伴って汚染の分布は大きく変化しました。近年では新興国や途上国がPOPsの新たな汚染源となって汚染物質を放出しており、未だ海域への汚染が継続しています。 POPsによる海洋汚染の被害を最も被ったのは、海洋食物連鎖の頂点に立つイルカやクジラ、アザラシ等の海棲哺乳類です(田辺 2016)。海洋食物網の頂点捕食者である鯨類は長寿命でPOPsを高蓄積するため影響を受けやすいです。鯨類は冷たい海の中で体温を保つための厚い皮下脂肪(皮脂)を持ち、ここが有害物質の貯蔵庫として働きます。これらの化学物質は分解されにくく脂肪11agreeable No.64 October 2022/10第5回化学物質における環境への影響2016121015年齢オスメス図1 太平洋北西部に棲息するイシイルカの年齢とPCBs濃度の関係(Subramanian et al., 1987)。* オスは成長にともなって汚染物質濃度が上昇していきますが、メスは3-4歳をピークに出産により濃度が低下します。カ(Phocoenoides dalli)における皮脂中PCBsの年齢蓄積と汚染物質濃度の関係を示したものです(Subramanian et al., 1987)。個体差はみられますが、オスは成長に伴ってその濃度が有意に上昇しています。一方、メスは3~4歳をピークにPCBsの濃度が低下、あるいは横ばいとなっています。イルカの母乳は脂肪分を多く含むため、母親の汚染物質が授乳によって乳仔へ受け渡されます。その量は母親体内の汚染物質総量の約60%に達するため、仔は産まれたときから高い汚染を受けることになります。また、鯨類は有害物質を分解する能力が弱いです(Tanabe et al., 1986)。一般に生物の肝臓には多様な薬物代謝酵素があり、体内に侵入した有害物質はその一部によって分解されます。分解酵素の機能は多様ですが、一般に高等動物ほど強い分解力をもち、魚介類に比べ鳥類や哺乳類は有害との親和性が高いため、いったん脂肪組織に蓄積すると体外へ排泄されにくく長期間そこに留まります。 また、一部の鯨類は海洋生態系で食物連鎖のトップに位置するため、環境汚染物質の強い生物濃縮を受けてしまいます。生物濃縮とは環境汚染物質が生態系での食物連鎖により、プランクトンなどの低次生物から、イルカなどの食物網の上位の生物体内に濃縮されてゆく現象です。また鯨類の場合、母から仔へ受け渡される有害物質の量が多いです。図1は太平洋北西部で採取されたイシイルPOPs汚染の被害を最も被ったのは?鯨類に高蓄積する残留性有機汚染物質
元のページ ../index.html#13