ペットネコに対する汚染物質の曝露とそのリスク8agreeable No.65 January 2023/1引用文献1)Peterson M, 2012, Journal of Feline Medicine and Surgery,14, 804-818.2)Mizukawa et al., 2013, Environmental Pollution, 174, 28-37.3)Mizukawa et al., 2016, Environmental Science & Technology, 50, 444-452.4)Kakehi et al., 2015, Toxicological Science 147, 360-369.5)Kondo et al., 2017, Toxicological Science 158, 90-100.6)Shrestha et al., 2011, PLoS One 6, e18046.7) Nomiyama et al., 2022, Science of The Total Environment, 842, 156490-156490※英語名表記が多いため、横書にしております。図3 薬物代謝酵素による有害化学物質に対する生体防御機構残留性有機汚染物質のような脂溶性の高い有害物質は生体内に蓄積しやすいため、より水に溶けやすい形へと変換し、体外への排泄を促す。(図はPCBをモデルとして代謝の過程を表示している)構は3つのフェーズ(第Ⅰ〜Ⅲ相)が存在します。第Ⅰ相と呼ばれる機構は脂溶性有害物質の代謝(酸化)です。第Ⅱ相は抱合反応と呼ばれ、抱合酵素により酸化された有害物質を水に溶けやすい形へと変換して糞や尿と共に体外へ排泄しやすくする反応です(図3)。第Ⅲ相は排出を担うタンパク質による体外排泄です。この中でイエネコは第Ⅱ相反応において、グルクロン酸抱合酵素(UDP-glucuronosyltransferase; UGT)の一種であるUGT1A6及びUGT2Bsと呼ばれる酵素遺伝子の働かないことが明らかになっています4-5)。UGT1A6はフェノールやフラボノイドといった生体外の化学物質を抱合化して体外へ排泄する機能を担います。よくペットのネコにチョコレートを食べさせてはいけないという話がありますが、これはネコがチョコレートに含まれるテオブロミンという物質を体外へ排泄できないことから、中毒症状を引き起こすためです。このように、グルクロン酸抱合酵素は取り込まれた化学物質を体外へ排泄する役割を担っているのです。 ではなぜ、イエネコでUGT1A6の遺伝子は働かないのでしょうか。イエネコの祖先は約13万1000年前(更新世末期)に中東の砂漠などに生息していたリビアヤマネコの亜種です。農耕の発展と共にネズミ退治を目的として家畜化され、世界中に広まりました。近年、ネコ科を含む食肉目を対象にUGT1A6遺伝子の変異に基づく系統解析結果が報告されています6)。その結果、UGT1A6はイエネコだけでなく、ライオンやトラなどのネコ科、および一部のハイエナ科に属する種で変異がみられることがわかりました。これらの種に見られる共通の特徴は、食事から得るエネルギーの70%以上を動物捕食に由来する、純肉食性と呼ばれる食性を持つことです。食事のほとんどがいわゆる“肉”であり、植物性のものは摂取しないことを意味します。すなわち、進化の過程において植物に多く含まれる天然の毒物にさらされる機会が少ないため、このような薬物を代謝・排泄する機能を進化させなかったのでしょう。しかしながら、近代になって我々人類が急激に地球を化学物質で汚染してしまったために、このような毒物の排泄に対する生物進化が追いつかず、上手く環境に適応できなくなってしまっているのです。 私達の研究グループでは、日本で飼育されているネコを対象に、有機ハロゲン化合物による汚染実態の調査だけでなく、そのリスクの解明にも取り組んできました7)。これまでにネコから採取した血清中の甲状腺ホルモン濃度を測定した結果、血清中PCBs、PBDEs濃度との間に有意な負の相関が認められ、有機ハロゲン化合物への曝露がネコの血中甲状腺ホルモンレベルを低下させている可能性を示しました。甲状腺ホルモンの主な役割は身体の「新陳代謝」の調節です。脈拍数や体温、自律神経の働きを調節し、エネルギーの消費を一定に保っています。子どもの成長や発達、大人の脳の働きを維持するためにも欠かせないホルモンであることから、有機ハロゲン化合物の曝露がネコのこれらの機能に影響を及ぼしている可能性があります。甲状腺ホルモンはヒトでは喉仏のすぐ下にある“甲状腺”で作られるホルモンであるため、甲状腺ホルモンレベルの低下は有機ハロゲン化合物が甲状腺へ影響を及ぼしている可能性があり、何らかの甲状腺疾患と結びつく可能性もあります。 さらにメタボロミクスと呼ばれる、生命活動によって生じる代謝物を網羅的に解析する手法を用いて、有機ハロゲン化合物曝露によるネコへの毒性影響を解析した結果、PCBsの曝露がグルタチオン代謝やプリン代謝を含む多くの代謝経路に影響を及ぼしており、ネコに慢性的な酸化ストレスを引き起こしていることが示唆されました。酸化ストレスはがんや心筋こうそく、生活習慣病と深く関連しており、今後は汚染物質曝露とネコの疾病との関連についての解明も必要です。
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