9agreeable No.65 January 2023/1 ネコ科動物でみられる特異な薬物代謝能力身近な愛玩動物:イエネコの汚染実態第6回愛媛大学沿岸環境科学研究センター 野見山 桂 ヒトはその多くを室内で過ごすため、室内空気やハウスダストを介して多様な化学物質を取り込んでいます。これらの化学物質の中には、可塑剤と呼ばれるプラスチックや樹脂への添加剤、あるいは難燃剤、殺虫剤等の人体に対して有害な化学物質が含まれます。有害化学物質への曝露は、アレルギー疾患や化学物質過敏症との関連が指摘されており、とくに乳幼児に対する健康への悪影響が懸念されています。 この悪影響はヒトだけに留まりません。(一社)ペットフード協会による2021年の調査では、飼いイヌの87%、飼いネコの91%は室内で飼育されており、ヒトと同様、恒常的に室内の化学物質に曝露されています。最近の研究では、ペットのネコで増加傾向にある甲状腺機能亢進症や悪性腫瘍、Ⅱ型糖尿病の発症と、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)やポリ塩化ビフェニル(PCBs)等の有機ハロゲン化合物への曝露の関連が示唆されています1-3)。米国の先行研究では、ペットのネコ血中から高濃度のPBDEsが検出され、ハウスダストを介した曝露が指摘されました。 このような背景から、筆者の研究グループでは、日本でペットとして飼育されるイエネコ(Felis silvestris catus)や都市部に生息するノネコ(いわゆる野良猫)の有機ハロゲン化合物による汚染実態を調査してきました2-3)。これまでの研究により、日本で採取した他の食肉目に属する動物と比べても、高いレベルの有機塩素系化合物や有機臭素系化合物の蓄積が明らかになっています(図1)。この高蓄積の理由として、ハウスダストを介した曝露や魚介類を主体とするペットフードの摂取が推察されました(図2)。日本のペットネコは、特にマグロやカツオ、サーモンといった海洋生態系の高次に位置する魚介類を主原料とした、ペットフードを与えられる機会が多く、これらはPCBsや図2 日本国内で消費されているイヌ・ネコ用のペットフードの主原料とその中に含まれるPBDEs濃度の比較。キャットフードは魚介類を原材料としているものが多く、PBDEsおよびその関連化合物の濃度が高い傾向にある。図1 日本国内に生息する食肉目の血中におけるポリ塩化ビフェニル(PCBs)およびポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)の濃度比較。ネコでは特に臭素系難燃剤であるPBDEsの濃度が高い。PBDEs等の有機ハロゲン化合物を含んでいるため、毎日の食事から慢性的な曝露を受けやすいのです(写真)。加えて、イエネコは環境汚染物質に対する代謝力・排泄能が弱く、汚染物質を高蓄積しやすいことが大きな理由と考えられます。 多くの生物は様々な化学物質の曝露に対する防御機構として、薬物代謝酵素と呼ばれる多様な酵素群を持っています。この酵素群が主に存在する場所は肝臓で、体内へ取り込まれた有害な化学物質を代謝・排泄することで生体機能を保護していますが、この酵素群の強さは生物種によって大きく異なります。一般的には高等動物ほど強い薬物代謝能を持つことが知られており、魚介類に比べ鳥類や陸棲哺乳類は、化学物質を活発に代謝・排泄することができます。これは陸上の動物が植物を食べるようになり、植物に含まれるアルカロイドのような天然の毒物を速やかに代謝・排泄できるよう進化したためです。その一方で、イルカ等の海棲哺乳類の仲間は陸棲哺乳類や鳥類に比べると、有害物質の代謝・分解能力が格段に劣ります。海棲哺乳類の有害物質分解能力が弱いのは、おそらく進化の過程で陸起源の天然の毒物にさらされる機会が少なかったためと考えられています。ところが、陸棲哺乳類であるイエネコもある種の薬物代謝酵素が発達していない、もしくはこれに関与する遺伝子の働かないことが明らかとなっています2-3)。 イエネコでみられる化学物質に対する防御機構の特徴について少し話をします。薬物代謝酵素による生体防御機身近な動物に対する化学物質汚染化学物質における環境への影響
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