しろありNo.167
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2Termite Journal 2017.1 No.1672ある8)。兵隊は, シロアリで最初に獲得された不妊カーストであり9), 兵隊の獲得は, シロアリとキゴキブリの共通祖先からの分岐後に, シロアリの系統で1度だけ生じたと考えられている10)。 種によって兵隊の形態は大きく異なるが, どの種の兵隊も, 職蟻から2回の脱皮を介して分化する。その過程では, 必ず前兵隊と呼ばれる中間段階を経る。前兵隊へ脱皮した個体は, 数日から数週間以内に必ず兵隊へ脱皮する。前兵隊は, 兵隊が有する特殊な武器形質を保有しているが, 全身の表皮は非常に柔らかく, 色素の沈着はふつう見られない。兵隊分化の生理機構は, これまでの多くの研究により, 様々な知見が集積されてきた。特に重要な因子として幼若ホルモン(JH)があり, 兵隊分化には職蟻体内のJH量の上昇が必要であることは古くから知られる。多くの種において, JHあるいはJH類似体を職蟻に摂食させる(または塗布する)と, 前兵隊への脱皮が観察される11-14)。このような人為的な前兵隊の誘導実験を用いて, 兵隊を特徴づける特異的な形態形成の分子機構について, 様々な知見が得られてきた15, 16)。その一方で, JH量を如何にして上昇させるのかなど, 兵隊分化を決定づける分子機構は依然として不明である。その主な原因は, 巣内の兵隊数の少なさと関係している。 兵隊は敵の侵入を防いでくれるので, 巣内に多ければ多いほど良いように思える。しかし実際は, 種や時期によっても異なるが, 職蟻の数パーセントから数十パーセント程しか存在していない17)(図1a)。1巣あたり数万から数十万オーダーの個体で構成される場合でも, 兵隊数は少ない状態で保たれる。野外でシロアリの巣を崩しても, 見つけることができるのはほとんどが職蟻である。兵隊数が少ない状態で維持されるのには訳がある。兵隊は, 武器形質を頭部や大顎で発達させているため, 自力で摂食することができない。兵隊の栄養摂取は, 職蟻からの給餌に依存しているため, 兵隊数が多すぎると栄養の供給が間に合わなくなってしまう。実際にイエシロアリCoptotermes formosanusを用いた実験では, 兵隊数を人為的に多くすると, 巣が崩壊してしまうことが確かめられている18)。したがって, どの種においても巣内の兵隊数は低く保たれており, どの職蟻が兵隊に分化するかを事前に把握することはほとんど不可能である。逆に言えば, もし兵隊に分化する職蟻を予め特定することができれば, 兵隊分化の決定に関わる因子やJH量を上昇させるしくみにも迫ることができると考えられる。3. ネバダオオシロアリの初期巣における兵隊分化 系統的に祖先的なオオシロアリ科に含まれるネバダオオシロアリZootermopsis nevadensisでは, 雌雄の生殖虫による営巣初期の巣に出現する兵隊が, 長期間1頭に調節されていることが知られている19, 20)(図1b)。 初期巣の兵隊は, 成熟巣の兵隊よりも若齢の個体から分化するため, 著しく体サイズが小さいが, 同様の武器形質を保有している20)。本種は大型のシロアリで, 初期巣の総個体数は多くても数十個体であり, 成熟巣に比べると極めて少ない。したがって, 各個体をマーキングして発生運命や行動を観察することも可能である。そこで, 初期巣の兵隊がどの幼虫齢から分化するかを明らかにするために, 孵化個体にマーキングすることで各個体の発生を追跡調査した。その結果, 初期巣内で最初に3齢に脱皮した幼虫(No.1とよぶ)が必ず前兵隊に分化し, 2番目以降に3齢に脱皮した幼虫(No.2やNo.3)は4齢に脱皮することが明らかになった21)(図1c)。人為的にNo.1を巣から除去すると, No.2やNo.3からの前兵隊の分化が観察された。このことは, 前兵隊分化が遺伝的に決定されているわけではないことを意味している。さらに, 前兵隊分化に影響する特有行動を把握するために, No.1とNo.2の行動を比較した(図1d)。その結果, No.1はNo.2に比べ, 生殖虫の肛門を介した腸内容物の栄養交換行動を高頻度で受けることが明らかになった。一方で, No.2は, 生殖虫を含む他個体に対して, グルーミング行動を頻繁に行っていた。以上より, No.1とNo.2は同じ3齢段階の個体でありながら, 発生運命が全く異なることが明らかになった。この結果を受けて筆者らは, 両者を詳細に比較することで, 兵隊分化を決定するしくみが理解できるのではないかと考えた。4. ゲノム科学の発展 10年以上前であれば, 生物のゲノム情報はすぐに手に入る代物ではなかった。2000年代初頭にモデル生物のゲノムが次々と解読され, 今では非モデル生物のゲノム情報の報告例も加速している。これは, 次世代シーケンサー(NGS)を利用したゲノム解析技術の目覚しい発展によるもので, 生物学の様々な分野の起爆剤となっている。真社会性昆虫がもつゲノムの特徴についても興味が持たれ, 2006年にセイヨウミツバチ, 2010年代以降には複数種のアリやハチでゲノムが解読されている。これらの膜翅目昆虫と比べると, シロアリはやや遅れ気味ではあったが, 2014年にネバダオオ

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