京都大学農学研究科 昆虫生態学研究室 稲垣 辰哉Research Topicsリアと原生生物を腸内に持っていることが知られている6, 7)。巣は腐朽した木材の中に作られ, その中には多くの病原菌と日和見感染菌が生存している5)。それらの微生物の中でも, 本研究においてはセラチア菌を日和見感染菌の代表として用いた。セラチア菌は土壌中や人間の肌など環境中に普遍的に存在しており, 様々な昆虫に対して日和見的に感染する。シロアリの巣や死体から頻繁に単離され, 通常はシロアリに害を及ぼさないが, 高濃度のセラチア菌はシロアリに対して致死性を持つことが知られている8)。実験においてネバダオオシロアリの巣からセラチア菌を単離・培養して使用した。このセラチア菌の系統はプロジギオシンと呼ばれる赤色の色素を生産する。そのため色素量を測定することで容易にセラチア菌量を定量することができる。よって, ネバダオオシロアリとセラチア菌を用いることでシロアリ腸内微生物が巣内日和見感染菌の抑制に貢献しているという仮説を検証することができる。 本論文ではInagaki and Matsuura (2018)9)において発表されたシロアリ腸内微生物による巣内衛生の維持への貢献について紹介する。本研究においてはまず上記の仮説を検証するために, 腸内微生物を抗生物質によって除いたシロアリと腸内微生物を保有するシロアリにセラチア菌を与えて, それぞれのシロアリの周囲で増殖したセラチア菌量を定量した。次に, 腸内微生物によって生産される酢酸がセラチア菌の抑制に貢献しているという仮説を立てた。それを検証するために, 腸内微生物を持つシロアリと除去されたシロアリ間で腸内酢酸濃度を比較した。さらに腸内酢酸がセラチア菌の抑制に十分であるかを確認するために, 酢酸によるセラチア菌の抑制試験を液体培養により行った。17研究トピックスシロアリの腸内微生物による巣内衛生維持への貢献1. はじめに シロアリをはじめとする社会性昆虫は, 多くの微生物と相利共生から寄生に至るまで様々な形で相互作用している。特にシロアリと腸内共生微生物は木材の消化を可能にする栄養共生系として古くから着目されてきた。シロアリの腸内微生物はセルロースの消化や窒素固定を通じて宿主の生存に必須である炭素・窒素源を提供する1)。一方で腸内共生微生物も宿主の体外では生存できないものがほとんどで, 両者は絶対共生関係と呼ばれる強い相互依存関係で結ばれている2)。多くの先行研究ではシロアリ腸内微生物の栄養共生者としての側面に着目してきたが, 近年, 腸内微生物が栄養だけでなく病原微生物に対する免疫に貢献することが明らかになってきている。シロアリ腸内微生物は真菌類の消化酵素を生産することによって病原菌からの防衛に貢献していることが分かっている3,4)。このように, 宿主に大きな利益をもたらす共生微生物や多大な害をもたらす病原菌とシロアリとの相互作用は, 様々な観点から研究が進められてきた。その一方で, 環境中に多く存在する微生物である常在菌や日和見感染菌と呼ばれる微生物とシロアリとの相互作用はあまり着目されてこなかった。日和見感染菌は通常は無害な菌であるが, 環境中で優占した際や, 免疫力の低い宿主に対しては感染を起こすことが知られている。シロアリの巣内には多様な常在菌や日和見感染菌が存在しており5), 巣内の卵や幼虫といった免疫力の弱い個体は常に感染リスクにさらされている。よって病原菌に対する個体の免疫だけでなく, 巣内での日和見感染菌を抑制し衛生環境を保つことも, コロニーの生存の上で重要であることが考えられる。シロアリ腸内微生物が病原菌に対する免疫機能を持つことを考慮すると, 同様に巣内の日和見感染菌を抑制することで巣内衛生維持に寄与しているのではないだろうか。本研究ではこの仮説を実証した。 材料としてはネバダオオシロアリを用いた。ネバダオオシロアリは他のシロアリと同様多くのバクテ
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