しろありNo.173
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されており, そのそれぞれにおいて非同期的に卵形成が行われていること, そして卵巣小管内には卵黄蓄積開始前の卵, 卵黄蓄積が行われている卵, 吸収されている卵(吸収卵)が存在することが明らかになった。吸収卵は他の卵と形態的に区別でき, 蛍光染色によりアポトーシスが確認された(図6)。続いて本種の活動期である春から秋にかけて女王の卵巣状態の変化を調べたところ, 卵生産が終了しつつある8月には, 約2割の卵巣小管において卵吸収が生じていることが明らかになった(図7)。さらに, 8月における各タイプの卵細胞サイズを調べたところ, 吸収卵は正常に卵黄蓄積が進行している卵よりも小さかった。以上から, 産卵シーズンの終わりに, 女王が卵形成を行うと同時に, 別の卵細胞を吸収することで無駄なく速やかに卵生産を停止させていることが示唆された。また, 卵細胞のサイズ比較から, 未熟な卵を吸収し, より発達した卵に栄養配分を集中させている可能性が高い。本研究によって, シロアリにおける卵吸収が初めて記述されるとともに,巣内の卵生産に対して女王の卵吸収が重要な意味を持つことが示された。4848図5  生活様式の異なる種間での女王脂肪体の同種のメス働きアリの値で補正した倍数化度合の比較。箱ひげにおいて, 下端はデータの第 1 四分位数, 上端は第 3 四分位数を表し, 箱中の線は中央値を示す。ひげの両端は, それぞれ最小値と最大値を表す。図中の点は個体の値を示す。また図中のアスタリスクは比較群間での有意差を表している(linear mixed effect model with Wald chi-square test, ***p < 0.001)。図はNozaki and Matsuura 2019より改変して掲載した。3. 女王の卵吸収と卵形成の季節的制御 一般に昆虫の卵形成は個体の栄養状況, 交尾経験や個体間の相互作用を含め, 様々な環境要因から影響を受ける。メス個体は柔軟に卵形成への資源配分を調節し, 卵サイズの変更や, 極端な場合では卵細胞に細胞死を引き起こし, 投資した栄養を回収する(卵吸収)。社会性昆虫の巣内では繁殖の分業が行われており, 巣内に大量に存在する働きアリが得た栄養資源は少数の女王へと集中する。したがって女王の卵形成の制御は社会的な状況に応じて制御されている可能性がある。例えば, 幼虫への養育に必要な労働力や栄養資源が十分でない場合,過剰な産卵は巣の生産性を下げることになるだろう。 ヤマトシロアリでは巣内卵生産の季節性が明らかになっており, 有翅虫の群飛が生じる5月中旬ごろから巣内の卵量は急速に増大し, 8月に最も多くなる。その後10月上旬には全ての卵が孵化し, 以降巣内に卵は観察されない。本研究では, 以上の季節的な卵生産が女王体内でどのように制御されているのか解明するために, 継続的にヤマトシロアリ女王を野外採集し, 卵巣状態の解剖学的観察を行った。その結果, まず, 本種女王の卵巣は左右併せて約100本の卵巣小管から構成

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