Damage and insecticidal effect judgment method of Anobiidae beetle in cultural property buildingsきる。燻蒸は文化財保存分野では1975年ごろから普及し始め, 博物館・美術館や文化財建造物などにおいて広く行われてきた。 ところが殺虫目的で使用されてきた臭化メチルは, オゾン層破壊物質として指定を受け2005年に全廃となり, 現在文化財分野で使用できる燻蒸剤の主成分はフッ化スルフリル, 酸化エチレン, 酸化プロピレンである1)。燻蒸剤には人体への毒性が確認されており, 燻蒸作業は人体への健康影響の発生する濃度の下限値である約1ppmをはるかに超える高濃度(約20,000ppm)で処理する1)ため非常に危険である。このように燻蒸は殺虫や殺菌などの効果はあるが, 人体や材質の影響をおよぼすことが知られている。一方で殺虫処理の手法には低酸素濃度処理, 二酸化炭素処理, 低温処理や高温処理などがある2)。これらの方法は処理時間が燻蒸より長いことや使用できる材質が限られること, 小規模処理を想定した処理であることから, 現在も大規模の処理を行う場合には燻蒸が行われている。人体や材質への影響に課題がある燻蒸に代わり, 安全でかつ経済的も妥当な殺虫処理手法の確立が求められるようになった。 これらのことを背景として, 2013年に, 日光社寺文化財保存会, 京都大学大学院, トータルシステム研究所, 文化財建造物保存技術協会, 国立民族学博物館, 千葉県立中央博物館, 九州国立博物館, 東京文化財研究所の専門家からなる研究チームが湿度制御温風処理について国内での技術開発に着手した。湿度制御温風処理はこれまでに行われてきた高温処理を応用した手法である。高温処理は55℃から60℃の温度に害虫がさらされることにより, 体を構成しているタンパク質の熱変性により死滅させる手法であるが, 高温処理を文化財建造物に適応する場合, 加温や冷却によって木材の含水率が変化しひずみや変形, それによる亀裂や塗装皮膜の剥離などの課題がある。この課題を解決するために湿度制御温風処理は, 木材の含水率が変化しないよう加温するときは湿度も上昇するよう調整し, 反対31元東京文化財研究所 小峰 幸夫Abstract of Doctor Thesis1. はじめに 文化財建造物における生物劣化の原因には虫害, 獣害および菌害がある。特に虫害はシロアリと甲虫によるものが多い。害虫の成長には, 栄養源となる木材のほかに適度な温度と水分, 酸素が必要で, 一般に成長速度は温度や湿度によって変化する。高温多湿な日本の気候は害虫の成長に有利であり, 日本の文化財建造物は常に虫害の対策を講じる必要がある。文化財建造物の虫害にはシロアリと甲虫によるものが多いが, 甲虫ではシバンムシ科甲虫による被害が確認されている。シバンムシ科甲虫の被害の特性は, 幼虫期に木材内部を食害することによる破損である。 文化財建造物を加害するシバンムシ科甲虫にはケブカシバンムシNicobium hirtumによる被害が, 一般住宅や学校などの木造建築物ではオオナガシバンムシPriobium carpiniの被害が知られている。オオナガシバンムシによる文化財建造物の被害は確認されていないが, 一般の木造建築物の被害報告から推察すると, ケブカシバンムシと同様に文化財建造物にも被害をおよぼしている可能性がある。自然環境には様々なシバンムシ科甲虫が生息しており, 文化財建造物における被害調査を注意深く行えば, これまでとは異なるシバンムシ科甲虫による被害が確認できる可能性がある。 文化財建造物は当初材の継続利用が原則で, 当初材をどのように長期にわたり使用していくかが課題となる。修理では破損や腐朽で傷んだ部材を交換したり, 破損や害虫の被害部位を削り新規材料を補填してできるだけ当初材を再利用することが行われる。高温多湿な日本では大規模な修理が100年から200年ごとに行われ, 文化財建造物は維持されてきたが, 文化財建造物は常に虫害を受けるため, 修理だけで建造物を維持するには限界があった。戦後は化学薬剤が開発・使用されるようになり, 大規模な文化財建造物の場合は, 密閉した空間に気化した化学薬剤を充満させて殺虫を行う燻蒸が行われた。燻蒸は処理後の害虫に対する予防効果はない1)が, 一度にほぼ確実に殺虫することがで博士論文抄録文化財建造物におけるシバンムシ科甲虫の被害と殺虫効果判定法に関する研究
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