しろありNo.176
36/60

3232に減温するときは湿度も下降するよう調整することにより, 膨張・収縮を防ぎ毀損することなく処理することができる手法である。湿度制御温風処理を日本で実用化するには木材や漆, 彩色への影響を検討することのほかに, 実際の加害種に対する殺虫効果を検証する必要がある。殺虫効果の検証では供試虫を選定して判定法を確立することが求められる。供試虫は加害種と同種を用いることが望ましいが, 木材害虫のほとんどの種は人工飼育法が確立されておらず, 処理のたびに加害種を特定してその昆虫を用いるのは現実的ではない。そのような場合は, 指標となる種を供試虫として用いて行う必要がある。供試虫として求められる条件は, 処理効果の指標となること, 一年中飼育が可能であること, 飼育が容易で繁殖力が大きいこと, 成育期間が適当に短いこと, 輸送等のストレスに耐えること, 取扱いしやすいことなどがある。湿度制御温風処理では, 上限致死温度が判明しており人工飼育法が確立している供試虫を用いて, 不特定の人物が行っても結果に変化のない判定法を構築する必要がある。 文化財建造物のシバンムシ科甲虫による被害は, シロアリと比較するとほとんど解明されていないのが現状である。この理由としては, シバンムシによる加害は被害として確認が困難であること, シバンムシ科甲虫の調査法が確立されていないことが考えられる。シバンムシ科甲虫の成虫の体長は数mmと小さく, 成虫期間が短いことから, 被害箇所から加害種の生体や死骸が採集できないことがある。その場合は甲虫が脱出した跡の虫孔や幼虫期の虫糞を頼りに, 被害材の材質や想定される昆虫の分布域, 環境条件などを考慮して種が推定されることもあり3), 文化財分野では虫糞を用いた加害種の推定が行われている4, 5)。 収蔵庫や書庫, 食品倉庫など広範囲の環境における昆虫モニタリング調査には粘着トラップが用いられる。粘着トラップは床に設置して捕獲する方法と, 飛翔性昆虫捕獲用の捕虫テープが利用される。粘着トラップは収蔵品の内部に侵入する害虫を捕獲することはできないが, 施設に侵入・生息している生物を捕獲することができる。シバンムシ科甲虫を調査する場合は成虫の活動時期に合わせてトラップを設置する必要がある。粘着トラップの問題点は, 種類を問わず捕獲されるため, 捕獲後は同定が必要となること, 長期間設置すると粘着力が低下すること, 捕獲された生物が死ぬと体表にカビが発生したり, 粘着物が付着したりして形態同定が難しくなることがある。さらに捕獲後に生態観察や試験に用いることは不可能である。加害種を生体のまま捕獲できるトラップを開発すれば, 調査を行うと同時に人工飼育の確立や薬剤の効果試験に用いることが可能となる。 シバンムシ科甲虫の各種の同定は通常, 成虫の外部形態によって行われる。シバンムシ科甲虫の各種は体長や体色が似ている昆虫のため, 同定は図鑑や論文に記載されている種の特徴を比較する方法や専門家に同定を依頼する場合もある。現場では完全な虫体が確認されることは少なく, その場合は虫体の一部だけで同定しなければならず, その場合の同定は難しく専門家でも不可能な場合がある。近年ではDNAバーコーディングによる同定法が注目されている。この同定法は外部形態や生態環境などの情報のかわりに同定したい検体のDNAバーコードと専門家が同定した証拠標本のDNAバーコードと比較して最も類似するバーコードを持つ種を同定結果とする方法である6)。この同定法は正確に同定された標本からDNAバーコードを決定してデータシステムを構築する必要がある。現場で採取された昆虫の死骸が木材害虫であるかを正確に確認することができれば, その後の対応につなげることができるものの, 文化財建造物における木材害虫のDNAバーコードのデータベースはまだ構築されていない。 本研究では, 文化財建造物におけるシバンムシ科甲虫の被害について, 正確な調査およびモニタリングを行い, 加害種を体系的に把握するとともに, シバンムシ科甲虫の新規な駆除対策の効果検証法を確立することを目的として, 供試虫の選定や効果検証を行った。さらに新規の虫害の調査やモニタリングの手法を検討した。これら一連の研究成果を博士論文としてとりまとめたので, その概要について述べる。  日光二社一寺は, 日光東照宮, 日光二荒山神社, 日光山輪王寺からなり, 社寺は主に栃木県日光市の山内地区(標高約600m), 中宮祠地区(標高約1300m), 中禅寺地区(標高約1300m)に建築されている(図1)。栃木県日光市山内地区は1998年に文化庁により史跡に指定され, 1999年に山内地区の建造物群と遺跡(文化的景観)は世界遺産に登録された。また, 日光二社一寺は日光国立公園内にあり環境省により山内地区は特別保護地区に, 中宮祠地区と中禅寺地区は第1種特別地域に指定されている。気候は太平洋側気候で夏季は多雨多湿2. 日光二社一寺の文化財建造物における シバンムシ科甲虫の被害調査

元のページ  ../index.html#36

このブックを見る