の木口面や被害面が露出されていないと材内部の殺滅は困難であることが判明した15)。燻蒸以外の駆除法では, 文化財収蔵施設で使用されているピレスロイド系蒸散性薬剤をシバンムシ科甲虫が発生している文化財建造物内に設置することによりして殺虫効果が検証された。その結果, 気密性の不十分な文化財建造物内では十分な殺虫効果を得られないことが判明した15)。以上の結果から輪王寺三仏堂は燻蒸を行い, 燻蒸後は木材保存剤を使用して予防する必要があると結論づけられた。輪王寺三仏堂のような巨大な文化財建造物の燻蒸はこれまで国内では例がなく, 安全性の課題については独自に検討されたのち, 輪王寺三仏堂は2013年7月に, 大猷院霊廟二天門は8月にそれぞれ燻蒸が行われた16, 17)。日光は大勢の観光客が集まるため燻蒸を何度も行うことは難しく燻蒸のみでは限界があった。そのため木材保存剤による駆除が検討され, 木材保存剤がどの程度浸透するか試験が行われた。その結果, 薬剤の浸透範囲は健全な部材では注入した箇所から周辺のみにとどまり, 材深部にまで効果的に薬剤が浸透することはなく, 注入や浸透による駆除法では限界があることが判明した18)。 そこで新たな方法として湿度制御温風処理が検討された。これまでの高温処理を文化財建造物に適用する場合, 加温や冷却によって木材の含水率が変化しひずみや変形, 亀裂や塗装皮膜の剥離などの課題から難しい。一方で湿度制御温風処理は, 木材の含水率が変化しないよう湿度を調整し膨張・収縮を防きながら, 55℃から60℃の温度にさらして木材内部の害虫を死滅させるため, 文化財建造物に適応できると考える。湿度制御温風処理の実用化を検証する場合, 材質への影響とともに殺虫効果判定を確立する必要がある。シバンムシ科甲虫の上限致死温度と時間の試験について, ヨーロッパ原産のシバンムシであるイエシバンムシAnobium punctatumでは46℃から54℃で処理した場合, 46℃で2.5時間, 47℃で1.5時間, 48℃で1時間, 52℃では5分で幼虫が100%致死に至ったこと19)が報告されている。文化財建造物の処理の場合, 殺虫効果だけでなく高温による材質への影響を考慮すると処理の加温はできるだけ最小限にするべきである。そのような観点から54℃程度の高温耐性をもち, かつ人工飼育が確立されている害虫が湿度制御温風処理の供試虫として適切であると判断した。 文化財分野における燻蒸の殺虫効果判定にはコクゾウムシSitophilus zeamaisが供試虫として使用されて図3 アフリカラタキクイムシ(a 成虫, b 幼虫)(バーの長さはいる。コクゾウムシは薬剤に対して一定の抵抗力があり一般的な文化財害虫の殺虫効果の指標となる20)。しかし, 高温耐性はそれほどないという報告があり湿度制御温風処理の供試虫には不適であると断定し, 他の害虫で高温耐性のある種類について調査を行った。その結果, 湿度制御温風処理の供試虫としてアフリカヒラタキクイムシLyctus africanus(図3)に可能性を見出して, 卵と幼虫を含む人工飼料(以下, 植卵人工飼料と称する)の上限致死温度と処理時間の関係について試験した。温度は40℃から60℃までの2℃毎とし,処理時間は0.5時間から5時間まで0.5時間毎に設定した。40℃から48℃の試験は1回,50℃から60℃までの試験は繰り返し3回実施した。その結果, 40℃から48℃の温度域では5時間の処理ではアフリカヒラタキクイムシには大きな影響を与えないこと, 56℃以上では0.5時間の処理で100%致死することが判明した(表2)21)。アフリカヒラタキクイムシは, 日光の文化財建造物においては実際に被害をおぼしているシバンムシ科甲虫とは異なるため, 高温耐性などの性状が一致しない可能性がある点が課題であり, 本来なら被害をおよぼしているシバンムシ科甲虫の人工飼育を確立し, 上限致死温度に関する調査を進める必要がある。しかしながら, アフリカヒラタキクイムシは人工飼育の容易さと高温に対する耐性という点において, 湿度制御温風処理の効果判定に用いることができる利点があると考え, 2017年と2018年に行われた湿度制御温風処理の殺虫効果判定の供試虫に用いてその有用性について評価を行った。 湿度制御温風処理は中禅寺愛染堂と鐘楼で行われ, 殺虫効果判定試験材(図4)を用いた殺虫効果判定と湿度制御温風処理前後に行った捕虫テープによる捕獲2mm)3535ab
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