Research Topics京都工芸繊維大学 岡久 陽子京都産業大学 成田智恵子準及びその試験方法(JIS K 1571:2010)に定められている試験体, スギ辺材のブロック試験片 (耐蟻性能:10 x 10 x 20mm(L), 防腐性能:5(R)x 20(T)x 40(L)mm)に, 摺り漆の技法を用いて表面保護処理を行った。摺り漆は5回繰り返し, 湿度80%, 温度25℃下で3日間保管し, 乾燥・硬化させた。処理後の木材は, 表面のFTIR測定, 表面押し込み硬さ測定 (ナノインデンテーションAFM5100N), および粗さ測定(形状測定レーザマイクロスコープ VK-X100)による評価を行った。また, それぞれの材について耐蟻性能評価試験を行った。25研究トピックス摺り漆処理木材の表面性状の解析と耐蟻性能との関連性はじめに 京都大学生存圏研究所・居住圏環境共生分野研究室を卒業してから竹材を用いた新規材料開発や細胞壁成分の構造解析などを行ってきたが, 2016年に現在の所属である京都工芸繊維大学へ着任後, 縁あって竹材以外の天然高分子材料を扱う研究を始めることになった。漆もその一つで, リグニンを使った漆膜への可塑性付与1)など主に強度向上を目指した研究を行っていたが, 研究や学びを進めるうちにやはり耐生物劣化特性について興味がわいてきた。恩師である吉村剛先生へご相談したところ, 「漆そのものの耐蟻性や耐腐朽性についての研究は聞いたことがありませんね。やってみますか。」とのお返事をいただき, 早速試験をさせていただいた。漆は伝統的に床材や壁への塗装材として用いられており, 近年では環境や身体への負荷が少ない自然由来の塗料として注目されている。また, 縄文時代の遺跡から発見されるほどの耐久性があり, 漆塗膜に抗菌性があることが報告されている2)。本稿では吉村先生とご一緒させていただいた漆膜の耐蟻性に関する研究内容についてご紹介する。実験方法 ウルシの木(Toxicodendron vernicifluum) から採れる漆液は, 脂質のウルシオール(60-65%), 水(25-30%), 水溶性成分としてゴム質の多糖(5-7%), ラッカーゼ酵素(0.1%程度), 水にも有機溶媒にも溶けない含窒素物(糖タンパク質)が3-5%含まれており, 油中水球型エマルションを構成している3)。樹液をろ過した漆液は「生漆」と呼ばれ, 漆工芸品の下地などに用いられる。また, 生漆を混練り撹拌して水分を蒸発させた漆液が「透素黒目漆」, 生漆に水酸化鉄を添加して黒色化し, 精製したものが「黒素黒目漆」, 透素黒目漆にベンガラを添加混練し赤色化したものが「弁柄漆」であり, それぞれ上塗り用の漆塗料として使われている。本研究では試料に「生漆」「透素黒目漆」「黒素黒目漆」「弁柄漆」の4種類を用いた。木材保存剤-性能基結果と考察 表1に試験終了時の死虫率および重量減少率を示す。死虫率については、漆処理と未処理との間に大きな差は見られず, 漆そのものにシロアリに対する忌避効果はないものと考えられた。一方で, 重量減少率は漆処理により低下する傾向があり, 透素黒目漆で処理した試験体が最も低かった(表1)。 FTIR分析の結果, 透素黒目漆でO-H伸縮に由来するピークが他よりも大きかった。側鎖に存在する不飽和基の酸化により漆の重合後にはO-H伸縮ピークが増大することが知られている4)。水分が少なくウルシオール純度の高い透素黒目漆の架橋度が他のものよりも高かった可能性が考えられる。表面押し込み硬さ測定の結果においても, 透素黒目漆が最も高かった(表2)。また, 算術平均粗さは透素黒目漆が最も低く, 平滑であることが明らかになった(表3)。精製漆である透素黒目漆は漆液中のウルシオール粒子が細かく, 不純物が少ないことから, 表面の平滑化に効果的であったと推察される。こうして最も表面が平滑で硬い透素黒目漆で処理した試験体では, シロアリが漆膜を突破するまでの時間が他のものよりかかったことで, 結果として重量減少率が低下したのではないかと考えている。また, 透素黒目漆を用いた摺り漆の繰り返し数を増やし, 塗膜を厚くすることでより効果が向上する可能性がある。
元のページ ../index.html#31