しろありNo.177
38/61

3232 このように見てくると、イエシロアリとヤマトシロアリが戦中戦後以降に小笠原諸島に持ち込まれたことに間違いはないと思われる。しかし、その由来に関する科学的な検証は行われていない。そこで筆者らは, 父島と母島の各所から採取したイエシロアリ属と父島で採取したヤマトシロアリ属のDNA配列(約630塩基対のミトコンドリアCOⅡ遺伝子配列)を解析することで, その由来を検討した。採取地点および採取時期については図2に示している。同一コロニーから重複して標本を採取することを避けるため, 少なくとも互いに10m以上離れた場所で採取した。 父島と母島の計19地点で採取したイエシロアリ属はすべて同じDNA配列をしており, この配列はイエシロアリ(Coptotermes formosanus)の中でも米国全土に分布する集団と完全に一致していた8,9)。これは, 小笠原諸島のイエシロアリが米国の集団に由来しており, 国内ではこのDNA配列をもつ集団がほとんど見つかっていないことから, 沖縄を含む日本国内の集団に由来するものではないことを意味している。この結果だけでなく歴史的な状況を踏えても, 小笠原諸島のイエシロアリが米国の集団であることは疑いようのない事実であろう。ただし, このDNAの配列だけでは母島のイエシロアリが父島に由来するのか, それとも父島とは別の米国の集団に由来するかといったところまでははっきりしない(これらを解明するために, 現在さらなる解析を行っている)。 ヤマトシロアリ属のDNA配列は, ヤマトシロアリ属の種の中でもオキナワヤマトシロアリ(Reticulitermes okinawanus)と極めてよく類似しており, 父島で採取したヤマトシロアリ属はオキナワヤマトシロアリと考えられた。オキナワヤマトシロアリは沖縄本島にしか分布していないことから10), 父島のオキナワヤマトシロアリは沖縄本島に由来し, 沖縄本島から持ち込まれたリュウキュウマツなどに紛れて入ってきた可能性が高いと考えている。しかし, もしそれが事実だとすると, リュウキュウマツを好んで営巣するイエシロアリがなぜ沖縄本島から持ち込まれなかったのか疑問が残る。一方, 今回得られたのはひとつの標本の結果のみであり, 小笠原諸島にはオキナワヤマトシロアリ以外のヤマトシロアリ属が分布している可能性もある。 イエシロアリやヤマトシロアリが小笠原諸島にどのように分布を拡大してきたかを解明することは, 今後の被害拡大を抑え, 島民の生活を守ることにつながる重要な課題である。さらなるDNA解析をすすめつつ, 全く新しいシロアリの防駆除につながり得る共同研究を立ち上げようとしていたまさにその時, 吉村先生が志半ばにして急逝された。余人をもって替え難い大切な人が失われてしまったのだと痛感する昨今である。吉村先生, 彼岸より変わらぬご指導を賜りますようお願い申し上げます。 (1968).2 )南山昭二:父島のシロアリ被害を見る,しろあり,33,29–37 (1978).3 )森八郎:小笠原諸島(父島)におけるシロアリ分布の変遷,しろあり,36,35–36 (1979).4 )佐藤邦裕・吉田一郎:小笠原におけるシロアリ生息状況調査,家屋害虫,17,18,25–34 (1983).5 )松浦禎之・竹内孝常・渋谷健一:父島のシロアリと被害,しろあり,55,44–51 (1984).6 )山野勝次・佐藤邦裕・吉田一郎:小笠原で発見されたナカジマシロアリとヤマトシロアリについて,家屋害虫,25,26,57–60 (1985).7 )佐藤邦裕・吉田一郎・支倉千賀子:小笠原諸島におけるシロアリ総合調査,木材保存,13,18–29 (1987).8 )Yamada, A., Tsunoda, K., Yoshimura, T.: Origin and invasion history of Coptotermes formosanus in Japan. The XXV International Congress of Entomology Orlando, The USA (2016). 9 )山田明徳:世界に広がったイエシロアリ,agreeable,48,2–3 (2018). 10 )山田明徳:南西諸島とその周辺におけるシロアリの分布,しろあり,156,28–35 (2011).引用文献1 )森本桂:小笠原諸島のシロアリ,しろあり,8,2–3

元のページ  ../index.html#38

このブックを見る