しろありNo.177
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Research Topics長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 井上 徹志図1  イエシロアリの腸内原生生物。 A: Pseudotrichonympha grassii, B: Holomastigotoides hartmanni, またはHolomastigotoides minor, (2種は体長・体幅の平均値に違いがあり, H. minorの方が平均体長・体幅ともに小さいが, 体長・体幅の最小値, 最大値をみると体サイズには2種でオーバーラップがあり, 形態から2種を区別することは困難である) C: Cononympha leidyi (かつてはSpirotrichonympha leidyiと呼ばれていた)。 バーは100μm。的に問題となっているイエシロアリ(Coptotermes formosanus)には3種類以上の原生生物が腸内に生息している(図1)。何種類以上と, はっきりしない物言いになる理由は, 本誌掲載の猪飼(2019)1)に詳しく, 形態観察だけでは種を区別することが難しいことにある。現在ではDNAの塩基配列の違いによって種の区別, 種多様性が明らかになりつつあるが, それよりはるか以前に原生生物の種間にセルロース消化についての役割の違いがあるのだろうかという疑問に答えようとされたのが, 故吉村剛先生であった。吉村先生とは多くの研究集会や学会でご一緒させて頂いたが, 故安部琢哉先生が研究代表者をされていた研究グループ(シロアリ共生系とセルロース動態:メンバーに故角田邦夫先生)の研究会でご一緒したのが最初であったと記憶している。その後, 安部先生が中心となって編集されたシロアリの教科書では, 吉村先生と共著で原生生物に関する章を担当させて頂いた2)。吉村先生の業績は多岐にわたるが, 学位論文の中心をなすのは腸内原生生物のセルロース代謝についてであり, 本稿ではその功績をまとめるとともに, その後の展開を紹介したい。33研究トピックスシロアリ共生原生生物の種間に役割の違いはあるのだろうか?吉村剛先生の功績とその後の展開BBCCAA1. はじめに シロアリは木材を食べて生きていけるのであるが, それは木材の中のセルロースという, いわゆる食物繊維を消化してエネルギー源にできるからである。食物繊維とは人の消化酵素で分解されない食物中の難消化性成分の総体と定義され, 人はセルロースを分解してエネルギー源にすることはできない。シロアリはセルロースの分解酵素であるセルラーゼを使ってセルロースをブドウ糖にまで分解して利用できるので, 木材を食べて生きていけるわけである。シロアリの腸内には他の場所からは見つかっていない特異的な原生生物が生息していることが19世紀には報告されており, これらの原生生物がセルロースの分解に関与していると考えられるようになった。同じくセルロースをエネルギー源にしている牛などのルーメンをもつ草食動物では, ルーメン内に生息する微生物が消化を助けている。一部の読者はご存知かと推察するが, シロアリによるセルロース分解には原生生物のセルラーゼだけでなく, シロアリ自体のセルラーゼも働いており, 反芻動物の消化系とは異なっている。 本州で普通に見つかるヤマトシロアリ(Reticulitermes speratus)には10種以上, また, 家屋害虫として世界

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