しろありNo.177
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34342. 原生生物種間の役割の違いを示唆する証拠 吉村らの報告以前には, 腸内での分布に原生生物の種間で違いが見られることから何らかの役割の違いがあるのではないかと考えられていたが, セルロース消化の役割の違いに関する知見はほとんどなかった。イエシロアリとヤマトシロアリでは腸内に生息する原生生物の種は全く異なっているが, 大型の原生生物が後腸の前半部分に偏って多く見られることは共通している。吉村らは, アカマツ木粉, 市販のセルロースパウダーに加えて, 平均重合度が27, 17の低重合度セルロース(セルロースはブドウ糖が鎖状に連なった構造をしており, 重合度とは何個のブドウ糖が結合しているかを示す。市販のセルロースパウダーの平均重合度は320。)をイエシロアリに強制的に摂食させ, 原生生物相の変化を観察した3)。低重合度のセルロース食のシロアリでは大型のPseudotrichonympha grassiiの個体数が急激に減少したのに対して, 中型, 小型の原生生物の数はある程度維持された。このことから大型の原生生物は低重合度のセルロースを利用できないと結論した。原生生物の場合, 資源として利用できないとは, 細胞の中に取り込んでも分解できない, あるいは細胞の中に取り込むことができないと考えられる。セルロースパウダー食のシロアリでは, 大型の原生生物が生存できることから, この原生生物がセルロースの分解をできないとは考えられず, 低重合度のセルロースの場合, 細胞への取り込みに問題がある可能性が高い。 次に, 低重合度のセルロースを摂食させることで大型の原生生物を腸内から選択的に除去し, その後アカマツ木粉およびセルロースパウダーを摂食させてシロアリの生存率や原生生物の個体数の変化を観察している4)。セルロースパウダー食のシロアリの生存率は飢餓状態のものとほとんど変わらず, 摂食しているにもかかわらず, 中型, 小型の原生生物は飢餓状態同様の減少を示した。従って, 中型, 小型の原生生物だけでは重合度の高いセルロースを利用できない可能性が示された。顕微鏡観察から大型, 中型の原生生物ではセルロースの取り込みが確認できるが, 小型の原生生物では確認できなかった5)。 一方, 原生生物相の季節変動も追跡していて, 中型のHolomastigotoides属の個体数とシロアリの木材摂食活性に正の相関があることから, 中型の原生生物がシロアリの栄養生理に重要な役割を果たしている可能性を推察している6)。謝辞 本稿の執筆の機会を与えてくださいました京都大学の簗瀬佳之先生に心より御礼申し上げます。吉村先生には, 研究の面でも研究会などの運営の面でも大変お世話になりました。この場をお借りして感謝と哀悼の意を表します。 3. どこまでわかってきたのか 原生生物の種間に役割の違いがあるだろうとの予測はありつつも, 研究が大きく進展したのは最近になってからである。Nishimura et al. (2020)は, 原生生物の一つの細胞内で発現している遺伝子を調べる, シングルセル・トランスクリプトーム解析によって種間の違いを明らかにした7)。イエシロアリ腸内の原生生物は長らく3種類であると考えられてきたが, 1細胞単位で解析することによって, 4種類の原生生物が存在することが明らかになった。セルロース分解に関して, 分解酵素は原生生物4種から確認されたが, 結晶性セルロースに作用する分解酵素は大型の原生生物からのみ見つかった。重合度の低いセルロース食のシロアリにおいて中型, 小型の原生生物が生存することは, 低重合度であればセルロースを分解利用できることを示しており, 遺伝子発現の結果と矛盾しない。大型の原生生物はセルロース分解酵素に加えて, マンナンやキシランというヘミセルロースを分解する酵素も発現していることから, セルロース分解のみならず, 木質成分の分解の主役であることが示された。 セルロース分解以外の重要な知見は, 小型の原生生物からはキチン分解酵素の発現が認められたことである。キチンは, 昆虫の外骨格やカビ・キノコの細胞壁に含まれており, シロアリ脱皮後の窒素のリサイクルや病原性菌類からの防御に機能している可能性が指摘されている。4. おわりに 30年ほど前に始まった腸内原生生物種間の役割の違いについての解明の旅は, 3種と信じられてきた原生生物に新たに1種を加えるという新展開をみせ, 大きく加速している。吉村先生の予測であった大型原生生物の木質分解に関わる役割の重要性は遺伝子の面からも示されたものの, 中型のHolomastigotoides属の個体数と木材摂食活性に正の相関が認められる理由については依然として謎が残ったままである。

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