しろありNo.177
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Research Topics京都大学生存圏研究所 小野 和子 オオシロアリタケ(Termitomyces eurrhizus)というキノコがある。日本には沖縄県内の一部の地域のみに分布する1,2), 一般的ではないキノコだ。世界的には, この仲間のキノコ(Termitomyces属)は, アフリカから東アジアにかけて, 熱帯・亜熱帯地域に広く分布する3)。その生態は特殊で, キノコシロアリ亜科(Macrotermininae)のシロアリと共生することにより, 生存している。野生では, このシロアリの巣内にある菌園と呼ばれる部屋のみに存在し, 雨期にキノコを発生させる。沖縄県内における宿主となるキノコシロアリはタイワンシロアリ(Odontotermes formosanus)である4)。加えてTermitomyces属の菌はほとんどが優秀な食菌で, この属に毒キノコは存在しないという。幸運にも私はこのオオシロアリタケと出会い, このキノコを研究テーマすることになった。 およそ20年前, 世間的に若いという年齢でもなくなりつつあったのだが, 私は仕事を辞めたいと思っていた。やりがいはある職場であったが, 精神的に参っている自覚はあったため, このまま定年まで働き続ける自信が全くなかった。適当な退職理由を思いつかなかった私は, 無い知恵を絞った挙句, もう一度勉強したいので進学すると申し出て, 無事退職の運びとなった。ちなみに, 退職理由は「一身上の都合」で十分ということを, 当時の私は知らなかった。前職では高卒女子としては十分なお給料をもらえていたが, お金を使う時間がなかったために, 貯金だけは積み上がっていた。当分はのんびりするつもりであったが, 一応退職理由通り勉強することにし, 大学に進学してみた。植物が好きだったので農学部, 前年度の志願者倍率が一番低かったので森林科学科, 実に安易な理由で学部と学科が選ばれた。しかし, 飛び込んでみると大学での勉強は, 思いのほか楽しかった。4年のつもりが, 大学院まで行くことになった。この大学院で, 吉村先生とオオシロアリタケと出会った。 学部での研究は木材腐朽菌(キノコ)であった。所属することとなった大学院の研究室のメインテーマは木材劣化生物, 主役はシロアリである。研究室にはゆったりとした空気が流れており, 自由に研究テーマを考えさせてくれた。私は, せっかくシロアリの研究室に来たのだから, シロアリとキノコの間にあることを研究テーマにしようと考えた。当時は角田先生もご健在で, その角田先生から文献をたくさんいただいた。その中で, シロアリが育てるキノコの存在を知り, 強く興味をひかれた。当時教授になられたばかりの吉村先生にこの菌を研究対象にしたいと相談したところ, 琉球大学の金城先生を紹介していただいた。その後, 何度か金城先生とオオシロアリタケ採集にご一緒させていただき, 実際のキノコを発生状態から観察することができたことは, 実に意義深いことであった。一般に, キノコはじめじめしたところで見つかることが多いのだが, オオシロアリタケは宿主シロアリの巣があるところで発生するため, シロアリが好む水はけのよいノリ面のようなところに発生する。また, 木漏れ日程度の光が地面に当たるような場所を好むようである。こういったことは, 実際に発生している状況を見てみないと分からないことであった。 特に思い出深いのが, 吉村先生とともにご一緒させていただいた2012年である。タイワンシロアリの巣からキノコが発生しているのを実際に見たいとおっしゃって, お忙しいにもかかわらず参加された。東京出張から直接, 石垣に来られたように覚えている。この年は, 八重山のオオシロアリタケは当たり年であったように思う。採集の期間中, ほとんどが雨であった。一部でよく知られているように, 吉村先生は雨男である。本人は決してお認めにはならなかったが。この採集のときも, 少し遅れて私たちと合流されたのだが, それまで小降りであった雨が, しっかり降り出したのだった。おかげで, この年は大量のオオシロアリタケに恵まれ, 実験に利用する以上に取れたキノコを味わう機会に恵まれた。オオシロアリタケは, 中型からやや大きめの子実体(キノコ)を発生させる。そのキノコはシャキシャキとした歯ごたえがありながら, 旨み43研究トピックス八重山におけるオオシロアリタケ採集と吉村先生の思い出

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