Termite Journal 2023.1 No.1792323図9 各個体が出発地から目的地に至るまでの平均速度複雑度の小さい迷路において, 出発地を出て目的地に初めて到達する際の平均速度を, 目的地に到着した順位の順番に並べて示した。通過した経路の長さを, かかった時間で割って, 各個体の歩行速度を求めた(図9)(ここでは図中縦軸の速度は約3mmのマスを1単位とする相対速度[マス/秒]で記した)。もし順位によらず歩行速度は一定なのであれば, 下位の個体は上位の個体よりも長い距離を歩いている可能性がある。もし順位によって歩行速度が異なり, 上位の個体が速く, 下位の個体が遅いのであれば, 上位の個体ほど長い距離を歩いている(すなわち迷路内で正しい道以外の経路を通過していたりする)のかもしれない。 求めた結果を見ると, 相対歩行速度0.4弱の個体がほとんどで, 1位と3位と5位の個体が抜き出て歩行速度が速いことがわかった。このことから, 少なくとも順位が上側の個体群には, 歩行速度が速い個体が混じっており, これらは他の個体よりも長い距離を歩いている可能性が示唆された。これらの個体は, 集団の中でも先んじて環境を探索したり, 歩き回ることで周囲を探索したりしているのかもしれない。順位が下位の個体はそのようなことをせずに, 道標フェロモンに従って, 出発地(A)から目的地(B)への移動を一定の速度で歩いているのかもしれない。4. まとめと展望 日本の代表的な木質害虫ヤマトシロアリは腐朽木材中に集団で生活しているが, シロアリの棲家でも食料でもある木材は時間とともに削り取られるため, シロアリは一定の頻度で新たな棲家と食料を探す必要がある。シロアリは, どのようなステップを経て目的の木材を見つけ, 集団で移動するのだろうか? これに対し, 外部から容易にシロアリの挙動を確認できるモデル観察系を構築して, 実験的にシロアリ集団の行動学的解析を行うことで, これらの問いを明らかにすることを試みた。具体的には, 餌枯渇空間と餌潤沢空間をむすぶ接続空間を用意し, シロアリをこの系に供した。接続空間には, 自然界の複雑な経路を模倣した迷路を適用した。この空間内でヤマトシロアリ職蟻が示す行動特性を, 集団全体としてだけでなく, 各個体としての動きから解析した。 その結果, シロアリは特定の個体だけではなく集団として迷路を解くことができ, 餌枯渇空間から餌潤沢空間へ移動した。集団の移動は, 個体がそれぞれバラバラに移動するパターンだけではなく, 数頭の小集団ごとに移動するパターンも観察された。各個体には, 迷路に到達するまでの時間や歩行速度に個体差が存在し, 餌潤沢空間へ到達する順位が個体の性質を反映していた。 生物の世界では多様性があるということが集団に頑強性(ロバストネス)をもたらすという基本的な原理が存在する。人間社会でも昨今では多様であることの重要性や意義が認められつつある時代であるが, シロアリの集団全体としての挙動を, 集団の構成員である個体それぞれの行動で裏付け, 定量的に解析することによって, シロアリの世界でも, 均質に見える個体の間にも個性が存在し, 個体間の多様性が集団全体に対してもたらす効果が存在することの一部を, 本研究を通して確認することができた。 また, 得られた結果から, シロアリは, 木造建築物や建築資材へ食害を起こすよりも, もっと前の段階で, 歩行速度の速いシロアリが, 目的地を探索したあとで, 集団が移動するというステップを踏んでいる可能性が示唆された。シロアリの行動傾向に基づいた事前の対策, 例えば, 単独で行動しているシロアリは新たな目的地を探しているのかもしれないと考えて, それに対する防蟻策を打つことができれれば, 集団が移動してくることを防げる可能性がある。 ただし本研究では集団サイズを10頭と設定し, かなり小規模な集団の解析を行なった。実際のコロニーサイズは数千から数万頭にものぼることから, 集団のサイズをもっと大きくした場合のシロアリ集団と各個体の行動を解析したい。 そして, 本研究では, 日本全国に広く分布し, 蟻害としての量も多いヤマトシロアリを対象とした。日本だけでなく世界的にもイエシロアリ等の他のシロアリ種による蟻害も無視することはできないことから, 引き
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