1Termite Journal 2023.1 No.179報文1. はじめに シロアリをはじめとする真社会性昆虫は女王や王を中心にコロニーを形成し血縁者集団で生活している。コロニーの維持は不妊カーストが生殖カーストやその子孫に対して利他行動をとることで成り立っており, 利他行動の進化には同種他個体の血縁度を識別する能力を生物が持っていることが必要条件である1)。この血縁を識別する行動のことを同胞認識行動という。 昆虫の体表は乾燥や微生物から自身を保護するために重要な役割を果たしているが, この主成分の一つである体表炭化水素と呼ばれる不揮発性の化学物質は個体間の化学的コミュニケーションにも利用されていることが報告されている2, 3)。シロアリと同じ真社会性昆虫であるアリやハチについては長年の研究によりこの体表炭化水素が同胞認識の重要なキューであることが明らかになってきた。例えば, クロヤマアリFormica 響を与えず, メチル分岐アルカンやアルケンで処理したハチに対して攻撃行動を示すこと5)のように化学構造レベルで同胞認識キューが解明されてきた。 これまでシロアリでも同胞認識行動に体表炭化水素が関与しているのかについて様々な研究が行われている。シロアリの体表炭化水素についてはこれまでの研究において異種間で体表炭化水素組成が, 異コロニー間で組成比が異なることが明らかになっており6,7), Funaro et al.(2018)においてn-C21がReticulitermes flavipesの王室フェロモンとして8), Mitaka and Fujita(2021)においてn-C25がヤマトシロアリR. speratusの副女王認識フェロモンとして9), Mitaka et al.(2020)においてR. speratusの職蟻の主要な体表炭化水素, 芳香族炭化水素, 脂肪酸およびコレステロールが集合フェロモンとして機能することが報告されている10)。また, 異種間の同胞認識行動についてHoward et japonicaの同胞認識には, アルケンと直鎖アルカンの両方が必要であること4), 社会性カリバチPolistes dominulusにおいて直鎖アルカンは同胞認識行動に影al.(1982)はR. virginicus職蟻の臨界点乾燥(CPD)山口大学農学部(鳥取大学大学院連合農学研究科) 中野由布妃標本を作成し, これに異種であるR.flavipesの体表炭化水素抽出物を塗布したものを用いて生物検定を行った。その結果, R. virginicus兵蟻が異種炭化水素を塗布したCPD標本に対して相手を押す行動や低頻度の噛みつき行動などの敵対行動を示したことを確認した11)。さらにBagnères et al.(1991) はシロアリの体表炭化水素抽出物を体表から除去すると種間攻撃性がほとんどみられなくなること, R. (lucifugus) grasseiの無極性体表炭化水素抽出物を塗布したCPD標本に対してR. (l.) banyulensisが攻撃行動を示すことを観察し, 体表炭化水素が種間の同胞認識に関与している可能性を支持した12)。CPD標本は動かないため生きたシロアリに比べて噛みつき行動を引き起こしにくい難点があったが, Takahashi and Gassa(1995)はイエシロアリCoptotermes formosanusおよびR. speratusの生きた職蟻に異種の体表炭化水素抽出物を塗布し生物検定に用いることで, 職蟻の生存に影響する高い攻撃性が確認できたことを報告した13)。 また異コロニー間の同胞認識についてKaib et al.(2004)は体表炭化水素組成にばらつきのあるMacrotermes subhyalinusのコロニーにおいて炭化水素組成の違いと攻撃性の間に相関があることを報告し, 認識に複数の化合物を使用している可能性を示唆した14)。一方, Cooney et al.(2016)はPterotermes occidentisにおいて巣仲間認識に体表炭化水素が関与しているが, 攻撃行動ではなく非巣仲間を集団に取り込むためのグルーミングを誘発している可能性を報告した15)。一方, Su and Haverty(1991)はC. formosanusにおいて体表炭化水素と攻撃行動との間に関係がないことを示唆している16)。さらにTakematsu and Kambara(2012)やChouvenc and Su(2017)は異種(雑種)間や異コロニー間の攻撃行動には体表炭化水素だけでなく別の要因も関与している可能性を指摘している17,18)。 以上のように異種間では体表炭化水素が同胞認識キューとして利用されていることは報告されているものの具体的な化合物の同定までは行われておらず, 異Reportsシロアリの同胞認識メカニズムに関する研究A study of the nestmate recognition mechanism in termites
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